ネルヴァル頌
海の彼方に咲くという
トレミエールの薔薇を見たのは
ボン・ジェラールただ一人
イスパハンの薔薇が薔薇でないのと同様
トレミエールの薔薇も薔薇ではない
薔薇でないものを薔薇と呼ぶ
そこにジェラールの偉さがあるんじゃないか
万巻の書を読破しながら
一冊の本ももたぬ浮浪者ぐらし
隠秘哲学の奥義を極める一方で
魚河岸の女房ほどの分別もなかった男
象徴派がこの世に現れるに先立って
すでに最高の象徴詩を書き了えていた男
ジェラール・ド・ネルヴァルよ
私はあなたに心からなる尊敬と
嫉妬に近い愛情とを抱いている
ひとりごと
さもあらむ
さもあらむとわれ
つぶやきつつ
またたぐりてみむ
きしかたのあやまちを
ゆくすゑのこころぼそさを
さもあらむ
さもあらむとのみ
ひとりごちつつ
神は盲点に宿りたもう
記憶喪失
いまに始まったことじゃない
子供のころにもあったことだ
最初に乳を飲んだときのこと
最初に立って歩いたときのこと
最初に親と話をしたときのこと
すべて忘れているじゃないか
いちばん記念すべきことを
ことごとく忘れているじゃないか
それでいい
なぜならいちばん大切なことは万人共通だから
それはことさら見なくてもいいのだから
そして
もし神がいるとしたらそこだ
その見えないところだ
そしてその神もまた盲目であろう