人もすなる象徴詩といふものを

われもしてみむとてするなり

2021-01-01から1年間の記事一覧

ヴァン・レルベルグ「夕べの祈り」

鐘の歌がわたしを揺するこの棲みかに、 よき天使よ、このたそがれどき、 目に見えぬどんな訪いがあるか、 だれが知ろう。暗がりで、だれがわたしを愛するか、自分にわかるだろうか。 見て、影の翼が長くなってきた。 この夕べの罠に気をつけて。 神々しい天…

ヴァン・レルベルグ「散華」

ここ、不滅の地、 外から風の吹き込まぬ寂しい場所に、 かつて花々だったものが みごとな、精妙な塵となって 眠っている。花冠を脱落してしおれた 薔薇や枯れた百合の、 緋色の、けだるい、この秋の日、 草と野の花とのあわい、 この深々とした、 苔よりも柔…

ヴァン・レルベルグ「泉にて」

若返りの泉に わたしは小さい盃を沈めた。 わたしの悩みは、みんな逃げて行った。 ごらん、あの素っ頓狂な連中を、 かれらは群をなして狂ったように飛んで行く。若返りの泉のなかで 痛みはすべて忘れられた。 その水に、わたしは忘却を飲んだ、 わたしの魂は…

ヴァン・レルベルグ「施し」

きれいなシレーヌさん、 おやまあ、あなたの女王のような指に 水の指輪とは。 金の指輪はどうなさったの。あれは深みに投げ込んだの、 私の心といっしょにね。 私の妹のニックスに…… だって私の棲むのは上の方だから。あの子は器量がよい、わたしは気立てが…

ヴァン・レルベルグ「異邦人」

わたしから遠いところに何を求めるの。 ああ、わたしはあなたにとってすべてではないの。 あなたのために、わたしの唇は花と開いているのに。おまえの唇に私は薔薇の匂いを嗅いだ。わたしの胸で、なにもかも忘れて夢みなさい、 あなたのために崩して解いた …

ヴァン・レルベルグ「知らぬ間に」

──そなたの薔薇は美しい、 とほほえみながら主は言われた、 余はその花々を愛する、しかもそなたは 遊びながらそれらを摘み取った。しかし愛しきものよ、いったいどうしたわけで そなたの白い手は血を流しているのか。 ──存じませぬ、と天使は驚いて言った。…

ヴァン・レルベルグ「鏡」

私は影のなかの像、 漠然と眩惑された場所、 深い闇のさなかにあって 四方に光を投げかける明り。 それゆえにわが魂は、 エレボスの河や 夜の泉のように暗く、 それゆえに私は 青い空やまばゆい光、 過ぎゆくもの、変りゆくものすべてを映し、 それゆえに地…

ヴァン・レルベルグ「妖術」

我々のうちだれ一人として気にもかけないが、 ある種の女たちがいて、 そのふしぎな歌声がいとも簡単に、無造作にといいたいほど、 まるで遊んでいるかのように、 黄昏のなかで、我々のまわりに、 魔法の薄絹のようなものを織る。 青白い、薔薇色の夢の織り…

ヴァン・レルベルグ「眠りの伴侶」

薔薇色の暗い美と、 明るい良心と、愛とともに、 蔭になった小さい部屋で、 昼日中、女は眠っている。「美」は翼の蔭で夢みている、 それは奇妙な妹のよう。 彼女はこわれやすものでできていて、 手には一輪の花をもっている。その伴侶の「良心」は、 ふっく…

ヴァン・レルベルグ「とば口にて」

彼の魂の夢がついに実現する、 それは讃えるべき、突然の驚きだ。 彼は魅了され、ふるえながら、気もそぞろに立ち尽す。 混沌とした夜明けはすっかり薔薇の樹で満たされている。 驚くべき、青くかすんだ世界が、 光と影との半透明の霧から現れる。 淡い色の…

ヴァン・レルベルグ「不意の訪れ」

朝まだき、このニンフの祠につどうもの、 ひとり、またひとり。 そして妖精たちがやってきたが、 なかでも美しいのがこちらの娘。世界を経めぐり、 数千の齢を閲しながら、 なおもブロンドの巻き毛の少女であり、 子供の中の子供である娘。さびしい海の拡が…

ヴァン・レルベルグ「曙光」

魔法の森は その木の葉の翼をすっかりたたんだ。 浄められた夜の 厳かな静けさが この森にひっそりと憩い、まどろんでいる。くらがりのなか、 最後の枝が目に見えない水の上に 枝を延ばすあたりに、 ふしぎな地上の主である 黒い服を着た少年が、 光の花を手…

ヴァン・レルベルグ「黄金舟」

東邦の小舟(ヲブネ)に乗りて 三人のわかきをとめは帰り来ぬ。 東邦の三人のをとめは、 黄金(ワウゴン)の小舟にのりて帰り来ぬ。黒なる一人 舵をとれり。 薔薇のにほへる唇に、 奇しき物語をつたへぬ、 語(コトバ)はなくて。褐色(トビイロ)の一人 帆を持てり。 その足に…

ヴァン・レルベルグ「復帰」

白鳥の群が雪景色を横切ってゆく、 白鳥か、はたまた天使か。 すべては天鵞絨に包まれたように静かで、 すべてはただ白い。 きみは波打つブロンドの髪を 雪のなかにふりほどいて、 銀色の鐘の音が甘く響くなかをひた走れ。雪が降っている、気のよい羊飼いが …

ヴァン・レルベルグ「首途」

青々とした野原に、 近くの森の静けさが徐々に拡がってくる。 乙女らはひどく疲れた様子で、 白い着物を後ろに垂らして、 夢想と神秘との言葉を 声低く歌いながら横切ってゆく。 黄金の液体のような、爽やかな陽光が、 雲間を洩れて 音のない流れのように下…

ヴァン・レルベルグ「幻の女」

朝靄にけぶる植物群のあいだを、 軽やかに、弾むように 逃げ去ってゆく女性に導かれて、 今朝私は、幸福な懶惰と静寂とに包まれてまどろむ、 年経りた、はるかなる楽園の奥へと連れ出された。 彼女はにっこり笑って ──蒼白い木の葉のあいだに朝がふるえてい…

ヴァン・レルベルグ「ニンフの洞にて」

たとえ目には見えなくとも、 心にて知るがよい、かれはそこにいる、 かつてのままに、ほのじろく神々しく。その岸辺にかれの手は憩う。 その頭はジャスミンの繁みに、 足は木々の枝をかるく揺する。木の間隠れにかれは眠っている。 唇と目とをかたく閉じ、 …

ヴァン・レルベルグ「まどかなるもの」

オパールの仄明りのもと、 物陰の眠気をさそうような暖かさ、 息も絶えだえの花々の発する温気、 朧ろに霞むものの現れ。 息づかいも話し声もきこえない、 しんとした belle-au-bois の部屋。 漠たる夢想の雰囲気のうちに、 ものの形を空気が歪め、引き延ば…

ヴァン・レルベルグ「砂の上の印象」

その衣装や花とともに、 彼女はここに土に還った。 肉体を脱した魂はよみがえって 歌となり光となった。けれどもその死のさなかに、 ある軽くて脆い絆がそっとほどけて、 彼女の柔らかい顳顬を 不滅のダイヤモンドで取り囲んだ。彼女のしるしとして、この場…

ヴァン・レルベルグ「薄暗がりで」

この四月の朝、 やさしい、影に包まれた、 けなげな心の少女は、 あんなに一心にいったい何をやっているのだろうか。少女の歩いたブロンドの足跡は、 閉ざされた格子のあいだで消えている。 私は知らない、わからない、 それは見てはいけない謎なのだ。丈の…

ヴァン・レルベルグ「愛神アモル」

二人の子供がアモルと戯れている。 一人は目が見えず、一人は耳がきこえない。 音のない世界で彼を見ている子供は、 官能的で甘美な名前がアモルの口から発せられるのを、 その唇の動きに読もうとする。 唇の上に、 永遠の神秘に包まれた神の名前がふるえ、 …

ヴァン・レルベルグ「変容」

夕べの祈りが済み、 すべてがまるで夢のなかへと消えゆき、 世界は金色の流体のうちに眠る。目を伏せて美しい夢に耽りながら、 聖母は天使たちに囲まれて 静かに洞窟に座っている。 「神の子」はすやすやと眠っている。空はまるで薔薇の花々が 咲きみだれて…

ヴァン・レルベルグ「似寄り」

一人はもう一人にほうに身をかがめた。 二人の髪が絡まりあう、 一方は金色、片方はブロンド。 二人の寄せ合った頭は いっしょに同じ夢を夢みている。 二人は同い年で、 花が花に似ているようによく似ている。 そして互いに相手の心に語りかける。一人が言う…

ヴァン・レルベルグ「夜景」

落ちかかる夕暮れどき、 はるか東の深みから、 穏やかに、ひそやかに、 ほの暗い思考にうち笑みつつ、 神のような「夏の夜」が 歩一歩とやってくる、 光のなかに拡がってゆく影法師を従えて。 すらりとした影法師たちが 爪を閉じて佇むところに夜が歩みを留…

ヴァン・レルベルグ「春を告げるもの」

四月、朝まだき、 君によく似た金髪の妹たちが、 いまこの時、いっしょになって君のところへ押しかける。 なつかしい愛の神アモルよ。君は白い桃金嬢や山査子の咲く ほの暗い囲みにいる。 扉は枝のあいだに開き、 道は神秘に満ちている。妹たちは丈の長い服…

ヴァン・レルベルグ「蜃気楼」

あのさざめきは水のどよもしでもなければ、 葦辺をわたる風の羽音でもない。 それは夢想によって虹色に輝くひとつの魂、 その口がたわむれに発する声音はさざ波のごとく、 そよ風は月ときらめき、 歌とかがよう。 いかなる思考も、 その頭を取り巻く、 淡い…

ヴァン・レルベルグ「待つこと」

敬虔な天使たちに導かれてやってきた、 目に見えない曙光の世界から、 私の目を覚ましにくるのはだれ? もう日がのぼる。私はまだ夢をみている。薔薇の苑の上を吹く、 やさしい風の魅惑が、 海の底の夜明けのように 私の青い瞳にみちわたる。定かならぬ時、…

ヴァン・レルベルグ「プシュケー」

きみの火のような目を見開いてごらん。 だが、静かに、アモルが眠っている。 さ、立っておいで、プシュケー、わが魂よ、 きみの黄金のランプを手に取りたまえ。よく見るがいい、アモルが目をさますところだ。 ごらん、きみのまなざしがもたらした 光と驚きの…

シャルル・ヴァン・レルベルグ『アントルヴィジオン』序詩

さて君に何を語ろうか、 未知の涯からこの孤独の国へやってきて、 草葉の茂った宵闇に、静かな憩いを求める君よ、 いまこの時、君のために、 しとやかな君の妹たちが 歌を歌いながらすっくと立ち上がる。 親愛なる魂よ、 闇の奥からシバの女王のように現れて…

創作詩から翻訳詩へ

これまでは自作の詩をアップしてきたが、このへんで方向性を変えて、しばらく訳詩をアップしていこうと思う。とりあえずは、象徴派の詩人シャルル・ヴァン・レルベルグの『アントルヴィジオン(仄かなる幻)』を冒頭から順に訳していこう。訳すといっても、…