人もすなる象徴詩といふものを

われもしてみむとてするなり

ヴァン・レルベルグ「蜃気楼」

あのさざめきは水のどよもしでもなければ、 葦辺をわたる風の羽音でもない。 それは夢想によって虹色に輝くひとつの魂、 その口がたわむれに発する声音はさざ波のごとく、 そよ風は月ときらめき、 歌とかがよう。 いかなる思考も、 その頭を取り巻く、 淡い…

ヴァン・レルベルグ「待つこと」

敬虔な天使たちに導かれてやってきた、 目に見えない曙光の世界から、 私の目を覚ましにくるのはだれ? もう日がのぼる。私はまだ夢をみている。薔薇の苑の上を吹く、 やさしい風の魅惑が、 海の底の夜明けのように 私の青い瞳にみちわたる。定かならぬ時、…

ヴァン・レルベルグ「プシュケー」

きみの火のような目を見開いてごらん。 だが、静かに、アモルが眠っている。 さ、立っておいで、プシュケー、わが魂よ、 きみの黄金のランプを手に取りたまえ。よく見るがいい、アモルが目をさますところだ。 ごらん、きみのまなざしがもたらした 光と驚きの…

シャルル・ヴァン・レルベルグ『アントルヴィジオン』序詩

さて君に何を語ろうか、 未知の涯からこの孤独の国へやってきて、 草葉の茂った宵闇に、静かな憩いを求める君よ、 いまこの時、君のために、 しとやかな君の妹たちが 歌を歌いながらすっくと立ち上がる。 親愛なる魂よ、 闇の奥からシバの女王のように現れて…

創作詩から翻訳詩へ

これまでは自作の詩をアップしてきたが、このへんで方向性を変えて、しばらく訳詩をアップしていこうと思う。とりあえずは、象徴派の詩人シャルル・ヴァン・レルベルグの『アントルヴィジオン(仄かなる幻)』を冒頭から順に訳していこう。訳すといっても、…

魑魅魍魎の歌

魑よ、魅よ、魍よ、魎よ、 どんなに珍奇な植物よりも、 どんなに綺麗な動物よりも、 おまえたちのほうが私は好きだ。 あるとしもないあやかしよ、 ひとのえ知らぬおよずれよ。魑、火の娘、樹から生まれたドリアッド、 髪をなびかせ山野を跋渉し、 火に棲む蜥…

黄昏

旅先で迎える暮方には つねに人の心をかき乱す何かがある。私は思い出す。 きみと二人で、いや、 われわれのグループで迎えたあの一泊移住の夕べ、 あのとき私は確かに人生の高潮にあった。 親しい仲間と、愛する友がいるとき 一日の終りはなんと美しいこと…

踊る亡霊

セックスアピールの亡霊が ありとしもない格好で 衆人環視の昼日中 街並をふらふらとさまよってる女どもは眉をひそめ 怪訝な顔でじろりと睨み 男どもは目を伏せて 黙ってその場をやりすごす世間の目などどこ吹く風と 亡霊さんは踊りだす 下手は下手でも味が…

彩絵硝子の窓の向こうに 女の白い手がすこし開いた窓の向うに ほのかに見える 白い小さな手が私をまねく月影にけぶるその館は 澱んだ沼の瘴気にほだされて すでに半分方姿を消しているグリザイユから浮び上った女の手が 私をその館にまねくさて今宵の演し物…

肉と女体

女に三種あり、 鶏と、豚と、牛と。羽をむしった鶏のような女がいる。 脂ののった豚のような女がいる。 固太りの牛のような女がいる。うわべはどうなと飾っていても、 身ぐるみ剥いでとくと御覧じろ。肉の見地から眺めたとき 女には三種しかない、 鶏か、豚…

サウダージ

ほのじろくおぼめくものに心をよせつつ 乙女らは日暮れの小径をいそぐ。ひよわの少年は手にもった光の花を力として 乙女らと肩を並べてどこまでも歩いて行こうと心に誓う。しかるに何の痛棒ぞ、その場で少年をひたと撃つものあり、 うずくまる少年をよそに、…

COINCIDENTIA OPPOSITORUM

殺す 集める 耕す それが男だます 飾る 紡ぐ それが女男と女とは互いに対蹠人 何から何まで正反対なのだけれどもこの世は男女を焦点とする楕円 離れて行けば楕円が広がる 歩み寄れば円に近づくまどかなるものを実現するために 相反するものの一致に努めよう

わが快楽

俗塵に塗れるはわがこよなき愉しみ さあ如何に思召す したり顔した貴顕紳士の殿ばらよ 諸君の目には布衣匹夫とも映ろう私が よしのずいから覗くのは いづくんぞ知らん 壺中の天だしかしそれもそう長くはつづくまい 私にはべつの楽しみが待っている眠りの底へ…

植物化石

蘆木(ロボク)、鱗木(リンボク)、封印木(フウインボク)と唱えつつ、 ゆくりなくも太古の神樹を想う。宇宙の霊樹ユグドラシル、 蛇の纏いつく善悪の樹、 天使に護られた生命の樹。生命は海と溶け合う太陽から生れ、 繁茂する樹々によって養われた。 太陽と海とは化してわ…

小さな願い

大好きな人なのに おまえに会うのが私はこわいおまえの前であらわになる 赤裸の心がおぞましいいつも若やいだおまえの前で わが身の老いが恥ずかしい大好きな人よ 私を私以外のものに変えてください

雨の街

街路をひたひたと濡らす雨、 小さくさざなみ立つ水の流れに あやうい調和を加えながら 灰白色の街は幻のように眼前にあらわれる。これが私の愛したあの街だろうか? そんな思いを無に帰するかのように 街はどこまでもよそよそしく あるがままの姿を私に示す…

ネルヴァル頌

海の彼方に咲くという トレミエールの薔薇を見たのは ボン・ジェラールただ一人イスパハンの薔薇が薔薇でないのと同様 トレミエールの薔薇も薔薇ではない 薔薇でないものを薔薇と呼ぶ そこにジェラールの偉さがあるんじゃないか万巻の書を読破しながら 一冊…

ひとりごと

さもあらむ さもあらむとわれ つぶやきつつ またたぐりてみむ きしかたのあやまちを ゆくすゑのこころぼそさを さもあらむ さもあらむとのみ ひとりごちつつ

神は盲点に宿りたもう

記憶喪失 いまに始まったことじゃない 子供のころにもあったことだ 最初に乳を飲んだときのこと 最初に立って歩いたときのこと 最初に親と話をしたときのこと すべて忘れているじゃないか いちばん記念すべきことを ことごとく忘れているじゃないかそれでい…

淫佚なる庭園

私は淫らの園の庭師である。そこでは蛇の愛撫がねっとりと絡みあい、 木苺の実の欲望がこぼれ落ちる。 池に浮ぶ蓮華の花は 女神の裸身と妍を競うかのよう。節くれだった根茎が地を匐い、 茸は得たりや応と胞子を放つ。 蘭(ラニ)の香は月に流し目を送り、 韮(ニラ…

梵鐘

除夜の鐘の音が森々と響いてくる 「おまえは何ものにもなれないだろう」 そんなことはわかっているさただ物心のついたころに聞いた 大晦日の夜のゆかしい薄墨色の音を もう一度この耳で聞ければ それだけで私にはじゅうぶんさ

処世術

いいかげん気づけ この世のいさかいはすべて なわばり争いに起因することにいいかげん飽きろ 取るに足らぬなわばりをめぐって 雑魚同士で小ぜりあいをすることにいいかげん見切れ しょせんは蝸牛角上の争いであると そうして三十六計の奥の手を出せ*1 *1:闘…

異化

はじめて会ったときのことを、きみは覚えているかい。 (覚えていたから、どうしたというの) きみはぴったりとした白い服を着て、殊勝に顔をあからめていた。 袖をまくった腕は白くつやつやとして、その爪には噛んだあとが残っていた。 それを見て、おれが…

埋めた記憶

私が用を足すのはきまって地下の共同便所 なぜならその下に父の遺骨が埋まっているから たしかにこの手で父の遺骸を埋めた 同時にその記憶までも埋めてしまった床がびしょびしょ濡れた不快な便所 壁には忌わしい虫がかさこそ音を立てている 私は用を足しなが…

煉獄の魂

デジャヴュは浅薄だが ジャメヴュは奥深い見慣れたものが形を失うまで見つめよ 既知を未知に還元せよ未知から既知への道はたやすい おまえはより厳しい道 既知から未知への道をたどれ天国はデジャヴュでいっぱい 地獄はジャメヴュでいっぱいおまえは煉獄の魂…

めのわらは

しほはゆさ あまいしたたり はづむいき しろいおよびに もゆるくれなゐ

四行詩

夜ともなれば 知性がめざめる 知性のめざめを 眠りが葬る おお肉体よ せめてのことに 粋な夢でも みさせておくれ

痔の印象

あかあかとはれし菊座にすばる星

紋切型ガーリッシュ

私の愛する女たちよ、 可愛らしくしていたまえ。 ぞんざいな口はきかずに、 ただこう繰り返していたまえ。──よくつてよ。 ──知らないわ。 ──あたしもう、可厭(イヤ)ンなつちまふ。二十一世紀に生きる男たちに 背伸びをして張り合う必要はない。 きみたちは十九…

地獄の楽園

わがゆくかたは、いずかたにまれ つねに魂のおもむくところ。ときに神の鉄槌あり、 青天の霹靂のごとく われを撃つ。 われ怖れ畏みて深々と首を垂る。さもあらばあれ、 われまた荼毒の痴夢に耽らむ。